『白い春』ってドラマ、覚えている人いるかなぁ?
阿部寛が主演で、大橋のぞみや遠藤憲一が出ていた2009年のめちゃくちゃ泣けるドラマなんだけど・・・・・・
みんな、知らないよなぁ~😅
ウィキペディアにはこう記されている。
~と言うこと。
2本目を飲んで心を落ち着かせる😆
結びまでたっぷりあるんで、ハイボールとシウマイを追加。
そして、私が最も応援している大関霧島が花道から現れた。
~脇役ながら好演した吉高由里子も着実に人気女優に成長していくことになる。
そう、その通り。
吉高演じる西田栞、いい役だったもん。
そんな『白い春』のロケ地として使われたのが両国にある『下総屋食堂』
春男(阿部寛)が刑期を終えて出所し、最初に飛び込んだ食堂で、そのあと、ここで働くようにもなるんだ。
ドラマでも『下総屋食堂』って、そのまんまの名前で出ていたので、記憶に残っていた。
久々の吉高巡礼(笑)
やっと来られたよ。
この『下総屋食堂』は、1932(昭和7)年創業の超老舗大衆食堂。
平日の朝9時から開いているので、張り切って10時10分に入店。
なんで朝から両国にいるかって。
そりゃぁ両国なんだから、お相撲に決まってるでしょ(笑)
この日の相撲観戦は、ぴょんさんとS子ちゃんと3人。
秋の秩父巡業を観てから、とりわけS子ちゃんが相撲にハマっちゃって大変。
「本場所を観てみたい!」というので、1月場所のチケットをGET!
私自身も本場所に来たのは、若貴の頃以来だと思うわ。
気合いの入り方が違うからね。
国技館に9時に入場して、前相撲から観てるからね🤣
前相撲から観に来るお客さんがはポツポツとしかいないが、コアな大相撲ファンが見に来ていて、声援を送っている。
人が少ないんで余計に声が通って面白い。
10時を回って、国技館を一度出る。
そして、すぐ裏手にある『下総屋食堂』に3人でやって来たというわけ。
私の作戦通りだ😝
壁に掲げられた相撲文字のようなプレートがメニュー。
でも、実際はこのショーケースがメニュー。
ここに並べられているお皿を自分で選んで持って行く。
「東京都指定民生食堂」については後述する。
3人が選んだおかずがこの5皿。
さばの味噌煮、さといも、なす、ぜんまい、こんにゃく。
左の小鉢3つは、ビールのお供。ごはんと味噌汁で定食にできるけど、我々は朝ビー★なんで(笑)
おかずだけ。
5皿とも、おふくろの味って感じ。
心に滲みる。
どれも甲乙付けがたいほどの美味さだが、さばの味噌煮が特に絶品。
身は柔らかいし、甘めの味噌ダレが最高だ。
さて、「東京都指定民生食堂」って何だ?
私にはうまく説明できそうもないので、こちらのサイトから転載させていただこう。
出典:アーバン ライフ メトロ
昭和7年創業 両国「下総屋食堂」 かつては都内に500軒、
現存わずかな都指定「民生食堂」の面影を訪ねる
現存わずかな都指定「民生食堂」の面影を訪ねる
時は戦時下。食糧難の時代を迎えた日本では、米の配給制と同時に、食堂も登録制に。ひとりひとりの米の量を記録する「米穀通帳」が発行され、単身赴任者など、主に外食で暮らす人は、米穀通帳を提示して「主要食糧選択購入切符」、いわゆる「外食券」を交付してもらい、登録された食堂で食事をしていました。
戦後になると外食券が高値で取引されたり、闇市では外食券がなくても雑炊を供する「雑炊食堂」ができたり、徐々に物資供給が安定するようになったりと、外食券の必要が徐々になくなったことで、1951(昭和26)年に外食券制度が廃止に。この時の外食券食堂が、都に指定されて「民生食堂」となります。都が販売価格を指定するなどして、三食を外食で暮らす人たちの食生活の安定を目的とした制度でした。
下総屋食堂は、戦前から営業しているので、一般食堂から外食券食堂、そして民生食堂という歴史をつぶさに歩んできたことになります。かつて都内に513軒あった民生食堂も、いまではほとんどが姿を消し、営業しているお店はほんのわずかです。
今や大変稀少な大衆食堂なのだ。
『白い春』がそうだったように、『下総屋食堂』は多くのテレビ・映画のロケ地として今も使われている。
このときもどこかの業界人一行がロケハンに来ていた。
しかし、そのロケハンご一行様の態度が残念極まりなかった。
スタッフが缶コーヒー飲みながら店に入ってきたり、我々を含めた食事を愉しんでいるお客に対して、なんの挨拶や遠慮もなく、ずかずかと店内を動き回ったりと。
まさに、傍若無人。
いったい、なんのロケだったんだろ。
『下総屋食堂』がメディアに出るのは嬉しいけど。
あんなスタッフが制作するもんは見たくないね💢
この日は「味噌ちゃんこ」(500円)
具だくさんでおいしい。
枡席なんて狭くて窮屈だし、値段は高い。
だから、椅子席のSを選んだが大正解だよ。
座り疲れることもなく、相撲に集中できる。
石川県穴水町から遠藤の大応援団が来ていた。
遠藤関は穴水町出身だからね。
遠藤、大の里、輝、欧勝海
石川県出身力士には地元に元気を届けて欲しい。
でも、残念ながら、この日の遠藤は負けちゃった。。。
きっちり快勝。
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