坂道のアポロンは月刊フラワーにて2007年から2012年にかけて連載された少女漫画だ。アニメ化もされているが、不勉強な私は漫画もアニメを見ていないのであった。
舞台は60年代後半の佐世保。横須賀から佐世保に転校してきた西見薫を主人公にして始まる。全体を通して言えるが、ジャニーズの知念侑李が良い味を出していた。そこで、学級委員である小松菜奈演じる迎律子との出会いからストーリーが展開していく。つーか、この学級委員から、転校生に学校案内するよとか、小松菜奈に言われたら、一発で恋に落ちること間違いないやろと心の中で、ツッコミを入れざる得ないのであった。
そこから片思い四角関係な展開をしていくのだが、この映画の素晴らしいのは、主人公3人の恋の関係は完結を見ることなく、曖昧に終わっていくところだ(←ネタバレ御免!)。だからこそ、加藤るみはこれは恋愛映画ではなく、青春映画だと熱弁していたのだろう。
もう少し突き詰めると青春映画で重要なのは、青春の終わり感をどう美しく描くかだ。冒頭、医者になった知念君から始まったのも良かったし、何より、他のふたりも牧師と先生という割と堅い仕事を選んでいる。そう、誰しもが好きなことで飯を食べれたら良いが現実はそうではない。大多数のひとはただの凡人だ。
音楽と書いて思い出したが、これは音楽映画でもある。全編ジャズ要素が折り込まれているが、私は専門外なので、是非こめまるさんにコメントいただきたいところだ。素人ながらであるが、音楽にはかなり拘わっていたと思う。調べて分かったが、アートブレキーというひとのモーニンという曲をキーに物語が進んでいく。
アイドル的観点からも一言申しておくと、小松菜奈ってやつは末恐ろしい。地上&地下のアイドルが束になってもかなわない。というか、広瀬すずも、本田翼も、非アイドル路線を歩む、近年の女優さんは本当に強いと思います。
いや、映画の話から逸れた。脱線しまくりながら述べておきたいのは、結局のところ、この時代設定にしないと、良質な青春映画は生まれないのか、と痛感した。背景に60年代後半の安保闘争も感じさせるのだが、ここに標準を合わせないと、青春を描くことは困難なのだろうか。知念侑李や小松菜奈の60年代後半コスプレ感だけが、一点引っかったのであった。
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映画を見終わり、ここから向かうのは地元本八幡のわたらいである。この店も2010年代後半において「敢えて」昭和の時代設定を感じさせる居酒屋として、展開している店といえる。
ビールと肉豆腐。
お腹の調子がイマイチなので優しめに。
カレーコロッケ。
懐かしい味わい。
いつもながら、
モヒートにチェンジ!
ブリの西京焼き。
西京焼きって何でこんなに旨いのか。
ダメ押しの
明太オムレツ。
あー美味かった。
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時代設定を昭和にすること、これがこの二つの共通点だ。映画も居酒屋も同じで、幻想の追体験にしか過ぎない。前者はフィクションとして、後者は現実として。
虚構と現実が入り乱れた世界、だからこそ、我々は物語を享受した後、酒を飲むのだ。
漫画版の坂道のアポロンを読むと、懐かしく感じるのは私だけではないはずだ。学校の図書館に置いてありそうな漫画であり、何というか、それは漫画の紙面から伝わる匂いでもある。
わたらいという立ち飲み屋に郷愁を感じるとすれば、そういう匂い的な部分の居心地のよさなのだろう。
おそらく、昭和的な価値観はもう一度見直される時が来るだろう。いや、この映画とこの居酒屋が確実にそれを証明しているのである。
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