みちのくの玄関口である福島県白河市。
みなさん、行かれたことありますか?
古代の関所「白河の関」は松尾芭蕉の『奥の細道』に登場します。
江戸時代の三大改革のひとつ「寛政の改革」で有名な松平定信は白河藩主です。
幕末の「戊辰戦争」では旧政府軍と官軍が白河で激しい戦いを繰り広げられました。
このとき官軍を率いていたのはのちに自由民権運動で活躍する板垣退助です。
このように歴史の舞台として白河は幾度も登場するので、白河市は人口6万人弱と小さな市ですが、人口に比して知名度は比較的高い市なのではないでしょうか。
かの司馬遼太郎も『街道をゆく』のなかで白河をそのようなに評していたと記憶しています。
そんな白河市に私もかつて暮らしていました。
阿武隈川の源流に近い白河は水が良く、そば、ラーメン、お米、お酒、すべてが美味しく、白河ラーメンこそ、毎日飽きずに食べられる日本一美味いラーメンだと思っています。
白河は城下町ですので、旧市街には古き良き風情を残した飲み屋さんも多く、《ひとり飲み》《蕎麦屋酒》なんていう呑兵衛の愉しみ方を覚えたのもこの頃でした。
こうしたなか、いわゆる《飲み友》がはじめてできたのも、ここ白河でした。
今でこそ、喜酔人メンバ-をはじめ、多くの飲み友さんに恵まれ、夫婦ともども石神井で楽しく過ごさせてもらっていますが、当時は《飲み友》なんて呼べる人はひとりもおらず、Nさんはまさに《飲み友第1号》でした。
後述するお寿司屋さんで出会い、意気投合。
多いときは週2〜3回は一緒に飲んでいたと思います。
白河を離れ東京に戻ってからも、時々、お会いしていましたが、コロナ禍になってからはそれもできず、今日は3年ぶりの再会です。
場所は、東北本線白河駅から歩いて5分ほどのところにある『割烹つきじ』
飲み友Nさんが、最近足繁く通われているお店です。
私が住んでいた頃にはなかったお店なので、当然初訪問。
Nさんとの再会もですが、こちらを訪れるのをとても楽しみにしていました。
では、ここからはいつもの文体で。
1階はカウンター席と小上がり、2階は宴会ができるお座敷となっているが、いまは2階は使っておらず、予約限定の1日1〜2組で営業しているらしい。
本日は我々だけの貸切だ。
ふたりのスタートは昔からこんな感じ。
Nさんは、いつもグラスビールなのだ。
それにしても、『つきじ』がSAPPORO★とは!
運命感じるね(笑)
再会を祝し、乾杯★
ご主人が我々の飲むペースに合わせて次々とお料理を出してくれるのだ。
剣先イカのお刺身もいただいたのに、なぜか写真がない。。。
こんな初歩的なミスを犯すとは。Nさんとの話に夢中になっていたんだな。
すべて四合瓶で用意されている。
やはり福島県のお酒が酔い。
私もNさんも好きな「会津娘」(髙橋庄作酒造店/会津若松市)にしよう。
スペック違いで3種類あると言うので見せてもらう。
オマチストとしてはやはり雄町を使った「会津娘」を選んだ。
目の前の七輪で焼いてくれたイワシ。
「会津娘、ぜんぶ飲んじゃいましょう!」とNさん。
さすがっす❗
残りの2本も加わり、"会津三人娘"の完成だ😆
新たな2本はどちらも同じ造りで、栽培圃が異なるのだ。
なんてマニアックな!
自家栽培米にこだわる「会津娘」らしいよね。
ただよく見ると、酒米は同じ五百万石だが、左は有機米とあり、右にはその表記はない。
穴子の若魚だ。
バフンウニが出てきたよ。
とろけるわ。
こちらも詰め込みすぎでしょ(笑)
『割烹つきじ』
これは想像を超えていた。
Nさんが惚れ込むわけだわ。
どのお料理も素材が良く、それを物腰柔らかな優しいご主人が一品一品丁寧な仕事で美しく仕上げる。
量も程よいおかげで、魚から肉まで多種多彩なお料理を存分に堪能できる。
そして、さらに。
お値段が東京では考えられないほど安いのだから……
もう非の打ち所がない。
完全に参りました🙇
Nさん、『つきじ』のためだけにいつでも白河へ飛んできますよ(笑)
割烹つきじ
白河市郭内13−3
0248-22-2248
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まだ時間が早かったのでもう1軒。
Nさんとはじめてお会いしたお寿司屋さんがこちら。
『廣鮨』だ。
「廣さん、ただいま!」
うわっ、今度は「日高見」(平孝酒造/宮城県石巻市)の飲み比べだぁ!
江戸前のお寿司が美味しくリーズナブルにいただける、こちらも白河の名店だ。
やはりカツオのレベルが違う。
これも廣さんで覚えた味。
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